カジノ(IR)法

誰がためのカジノ合法化なのか

イギリスの国際政治経済学者だったスーザン・ストレンジが、名著と評される『カジノ資本主義』を上梓したのは1986年。これは奇しくも日本で「バブル景気」が始まった年でした。今では普通名詞となった感のあるカジノ資本主義とは、世界規模で運用される貨幣と金融が偶然によって左右され経済社会が実体以上に肥大化して、実体の経済が不測の事態にさらされるようになり、安定感を著しく欠いた状況をカジノに譬えたものです。

その『カジノ資本主義』はつぎのような書き出しで始まります。

「西側世界の金融システムは急速に巨大なカジノ以外の何物でもなくなりつつある。毎日ゲームが繰り広げられ、想像できないほど多額のお金がつぎ込まれている。夜になるとゲームは地球の反対側に移動する…カジノと同じように今日の金融界の中枢ではゲームの選択ができる。ルーレット、ブラックジャックやポーカーの代わりに、外国為替やその変種、政府證券、債券、株式の売買が行われている。これらの市場では、先物を売買したり、オプションあるいは他のあらゆる種類の難解な金融商品を売ったり買ったりすることで将来に賭けをできる。遊び人の中では特に銀行が非常に多くの賭けをしている。」

ギャンブルのことをフランス語では jeux d’argent といいます。jeux は「遊び」、argentは「お金」を指し、まさしく英語のマネーゲームです。スーザン・ストレンジが描き出した『カジノ資本主義』の大きな特徴の一つは、近代になって顕著になった金融のマネーゲーム化ということです。カジノとマネーゲーム化した金融の違いは、カジノでの結果責任は個人を超えるものではありませんが、後者ではすべての人が ― 子供から年金受給者まで― そのゲームに巻き込まれて影響を受けることにあります。

いずれにしても、スーザン・ストレンジはカジノ型経済が決して健全なものではないという警鐘を鳴らし、次作の『マッド・マネー』(1998年)の中では、今やカジノ資本主義は狂気の域に達したと断じています。

「サブプライムローン」などという言葉を昨日まで知らなかった多くの日本人が、「リーマンショック」の影響を受けたことでもそれが分かります。それまで1ドル104円で取引されていた為替レートが、2008年12月には87円と急落。そのせいで日本の輸出産業は大打撃を受け、リーマンショックに直接関係していない日本市場も大暴落しました。株価は一時7千円台まで下落し、ボーナスが支給されなかった企業も少なからずありました。

「リーマンショック」の責任の一端はFRB(米国連邦準備制度理事会)にあると言われますが、当時FRB議長だったグリーンスパンに「サブプライムローン」が人を欺くような融資行動だと警告したFRB理事のエドワード・グラムリッチは、早くも2004年には次のような問題提起をしていました。

「以下で論じるように、サブプライム住宅ローンの貸付の増加は、以前は却下されていたであろう借り手に信用をもたらすことにプラスの側面はありましたが、それはリスクも伴っています。 サブプライムの借り手は、より高い利子を払い、より頻繁に(返済金支払が)延滞になり、プライムの借り手よりも高い利率で抵当権を差し押さえられます。多くのサブプライム貸し手は最高の貸付基準の下で活動していますが、詐欺、虐待、および略奪的貸付の問題もサブプライム市場の面倒な特徴となっています。」

原文:Remarks by Governor Edward M. Gramlich at the Financial Services Roundtable Annual Housing Policy Meeting, Chicago, Illinois. May 21, 2004.
“As will be argued below, the growth of subprime mortgage lending has had its positive aspects in bringing credit to borrowers who previously would have been denied, but it has also entailed risks. Subprime borrowers pay higher rates of interest, go into delinquency more often, and have their properties foreclosed at a higher rate than prime borrowers. Many subprime lenders operate under the highest lending standards, but fraud, abuse, and predatory lending problems have also been a troublesome characteristic of the subprime market.”

自尊心の高いグリーンスパンはこのような警告を無視して何の対策も講ずることもなく、ついには「サブプライムローン」の破綻によって金融市場はマヒし、世界同時不況が起きてしまいました。

日本におけるカジノ推進派がカジノのデメリットを認めつつも、博打が生み出すであろう経済的なメリットを全面に押し出して、カジノ合法化が日本経済成長の大きなインパクトとなると主張しているのは、具体的な警告を無視して多くの悲劇を誘発してしまったグリーンスパンのコピーを見ているようです。いえいえ、博打好きのカジノ推進派たちは経済をカジノ化するのではなく、カジノそのものを経済の中心に据えようとしているのですからグリーンスパンも真っ青の姿勢といえましょう。

カジノ合法化を行政の課題として取り上げたのは1999年の石原慎太郎東京都知事(当時)が初めですが、カジノ合法化の狼煙を上げたのはそれに先立つ3年前に「カジノ学会」を立ち上げた、評論家・室伏哲郎(脚注 1 )、作曲家・すぎやまこういち(脚注 2 )、作家(当時)・猪瀬直樹らでした。とくに猪瀬は、都知事になる前年の2011年に政府税制調査会において講演して「カジノ合法化」を強く訴えています。副知事だった猪瀬に背中を押されたのか、石原慎太郎が推進したのは国の法整備に頼らない地方条例の制定によるカジノの合法化でした。

これが地域振興に苦しむ地方を大いに刺激しました。石原慎太郎が打ち上げた花火に飛びついたのは、「シーガイア」が抱えていた当時3200億円もの負債に悩んでいた宮崎県。さらに、北海道、茨城、山形、栃木、群馬、埼玉、千葉、石川、山梨、愛知、奈良、広島、香川、長崎、大分、沖縄が続々と興味を示して「地方自治体カジノ協議会」へ参加してゆきます。

カジノへ靡くこうした全国の流れを勢いづかせたのが小泉純一郎首相(当時)でした。彼が閣議決定させた「経済財政運営と構造改革に関する基本方針」、いわゆる「骨太の方針」で提起された「構造改革区構想」が地域経済活性化の助けとなる要因としてのカジノをクローズアップさせました。

東京の一人勝ち経済に置いてけぼりをくった地方は、カジノ合法化を目指して「日本カジノ創設サミット」などを開催して呉越同舟の活動を展開してゆきます。当初は「構造改革特区」を前提にしたカジノの実現を目指しましたが、カジノを地域振興策の中心に据えるために「構造改革特区」という限定条件を拡大して全国を対象にしたカジノ合法化へと活動方針を改めてゆきます。小泉時代にカジノ法案は成立しませんでしたが、目先の利益に目がくらんだ地方自治体にカジノ実現の夢を与え、さらにその運動を活気づかせたのは小泉であり、「骨太の方針」が提案した「観光立国構想」であったことは事実です。

2006年12月、小泉内閣は「観光立国推進基本法」を制定。小泉を引き継いだ安倍晋三第一次内閣は「観光立国推進基本計画」を2007年6月に閣議決定しさまざまな数値目標を掲げます。

訪日外国人旅行者数: 1000万人
日本人の海外旅行者数: 2000万人
日本人の国内旅行による一人当たりの宿泊数年間: 4泊
国内における観光旅行消費額: 30兆円
国際会議の開催件数: 5割増

そして2008年10月に、観光行政を統括するために国土交通省内に「観光庁」が置かれます。ここに至り、カジノ実現への活動は地方から中央行政府へ移行します。そして、そこにこそ政府の隠れた思惑がありました。

2001年12月、野田聖子を会長とする「公営カジノを考える会」が発足してカジノのメリットが強調されると、当然のごとくそのデメリットも議論されるようになりました。それは、違法カジノと暴力団等の犯罪組織の取締強化という議題になって表出します。しかし、議員たちの関心はブラックマネーを生む「違法カジノ」そのものではなく、違法カジノが取り込む金にありました。

つまり、現行では違法のカジノを合法化することで、カジノが吐き出す巨額の金の流れを国庫へ向かわせるというカラクリを考えたのです。そのため、政府はカジノを「新産業」として扱い健全な(?)運営を目指すために公営カジノ=公営博打を積極的に推進してゆきました。観光とか、経済効果とか地域振興とか御託を並べてカジノを合法化しようとした政治家たちは、出口が全く見えない深刻な赤字体質の国家財政に「骨太の方針」を打ち出すこともなく放置したまま、脇目も振らず博打が生み出す「金」に殺到したのです。彼らが行ったことは、ギャンブルであるカジノを国の適切な管理・監視のもとで健全(?)に運営し、その収益を社会に還元する国家的賭博場の合法的開設にありました。

2018年にIR法を成立させたのは自民公明政権ですし、この運動のキックオフは野田聖子らによる「公営カジノを考える会」であったことから、カジノに執心しているのは自民党であるかのような印象をマスコミは垂れ流していますが、一時は政権を担った民主党議員らにも博打好きはたくさんいました。例えば、石井一。

兵庫県神戸市出身で民主党副代表だった石井一が旗振り役をした「娯楽産業健全育成研究会」は1998年8月に立ち上げられました。これは、違法娯楽であるパチンコを風営法適用範囲からの除外して、パチンコの換金行為を合法化させようとしたもので、ギャンブルを「健全な娯楽」に育成しようとの建前がありました。ギャンブルと「健全」を等号で結べる石井の発想は、パチンコ大手M社から多額の政治献金を受けているからこそできる裏技でした。

さらに石井たち民主党議員はこの研究会の中に「カジノプロジェクトチーム」を設置し、自民党よりも早くカジノへ向けて発進しています。2008年、「娯楽産業健全育成研究会」は民主党政策調査会のもとで党の正式な機関となり「新時代娯楽産業健全育成プロジェクトチーム」と名を変えて発展します。ここでついに与野党(社民党と日本共産党は除外)がカジノの旗のもとで一致し、「国際観光産業振興議員連盟(通称IR議連)」の結成となります。その名簿が前章のリストです。

カジノのメリットが強調されるに比例して、デメリットも議論されるようになったことは前述しました。IR議連の議員や政府は、現行刑法では禁じられているカジノの合法化を進めるにあたって、そのデメリット解消のために「公営カジノ」に課されるべき厳しい条件を再三にわたり取り上げるようになります。しかし、根本から矛盾してるのがこのIR法なのですから、どのように取り繕っても無理があります。その矛盾をついてきたのが他ならないカジノの本場アメリカでした。

2014年12月、米国企業を中心にする在日米国商工会議所(ACCJ:American Chamber of Commerce in Japan)が、カジノ合法化法案の早急な成立を求める意見書を発表しました。アメリカの大手カジノ業者であるサンズ、MGMなどは日本への進出に積極的ですし、北海道、神奈川、大阪などの地方自治体が直接に海外カジノ業者との懇談を始めるなどの支流もあって、アメリカが何時もの威圧的な物言いで「統合型リゾートが日本経済の活性化に寄与するための枠組みの構築」なるものがそれです。

「寄与」などと言っていますが、これはアメリカが「一日も早く日本で賭博場を開帳させろ」と言っているに過ぎません。が、賭博に目がくらんだ議員や政府の矛盾をついていることも事実です。例えば入場料の問題について、ACCJは次のように述べています(ACCJ公式webサイトに掲載されている同レポートにある日本語訳から転載)。

『ACCJは、入場料を導入しないよう強く提言する。日本国民は入場料のかからないパチンコ・パチスロ、公営競技といった多数の選択肢を有しており、入場料はIRへの地元や近隣地域からの訪問を妨げる恐れがある。また訪問者の減少は、ホテル、レストラン、ショッピング、エンターテイメント、集会・会合施設を兼ね備えた、近隣地域に住む日本人の訪問客をも対象にした大規模複合IRを建設するデベロッパーの意欲を損ない、外国人観光客を対象に限定した小規模IRの開発に照準を定めざるを得ない。その結果、地域への税収・経済的メリットは本来の予測よりも大きく低下することになる。少なくとも、カジノ、パチンコ、公営競技などギャンブルの形態を問わずに国内のギャンブルの入場料を統一することが不可欠であると、ACCJは考える。(原文のママ)』

「入場料など取ったら博打好きが思うように集まらないではないか。それでは売上が減少するし、同じギャンブルのパチンコに入場料などないのだから、カジノも同じにしろ」ということです。これはパチンコ業界にとっても利益のある発言で、カジノで儲けを換金できるのならパチンコでも同じ方式を採用すべきだ、との石井一らの得て勝手な言い分が横行することに繋がりました。

さらにACCJの意見書で特徴的なのは、カジノ反対派の大きな根拠となっている「ギャンブル依存症」についての言及です。

『圧倒的多数が自己責任で娯楽としてカジノを楽しんでいるものの、ギャンブル依存者は合法か否かを問わず、常にギャンブルを求めているのが現実である。ギャンブル依存症問題への対応策等、グローバル・ベストプラクティスに基づく、責任あるギャンブル依存症対策を盛り込んだ規制を導入し、個人が自身のカジノゲームの利用を制限または禁止するようにできる規制についても検討が必要である。ただし、これはある意味複雑な領域であり、一部の国・地域ではギャンブル依存症に対する善意に基づく法的試みは、ギャンブル依存を撲滅するという政策目標を達成することが出来ず、また、観光、税創出、雇用創出や他地域との競争において全体的な目標の達成を妨げていることもある。(原文のママ)』

「ギャンブル依存者のことなど放っておけばいい。ギャンブル依存症対策などしても成果はあがらないし、何より売上に影響を及ぼす。」
彼らが書いた「寄与」とは、日本での博打市場における日本人による米国企業への「寄与」が第一に斟酌されるべきことで、カジノでギャンブル依存症になろうがどうなろうが、そんなことはアメリカの知ったことではないし、米国企業への「寄与」こそが重要なのだと言っているのです。

これほどに馬鹿にされても、IR議連の議員や政府はアメリカへの属国的態度を改めようともせず、公営賭博場開設にカジをきったのです。IR法の根本的問題は、本来ならば「遊び」で手慰みの域に留まるべき行為が一国の主導の元に合法的になされ、日本に限らず国際的規模での経済に、そしてもちろん広範にわたる国民の生活と家族に甚大な影響を及ぼすであろうことです。しかもそこには米国の政治的圧力が見え隠れしているのです。


 1:室伏哲郎
ジャーナリスト。2009年10月に78歳で没。「パチンコ」から「パチンコの 3 K」(怖い・暗い・汚い)を取り除くという意味を込めて,アルファベット表記 PACHINKO からKを取り除いた「パチーノ」(PACHINO)という用語の代用を提案していたほどギャンブル好きだった。それが嵩じて、「日本カジノ学会」を立ち上げて理事長におさまり、一般カジノファン向け雑誌「CASINO japan」の発行人までも努めた。

カジノ情報サイト『カジノバ』のインタビューでは次のようなカジノ理論を展開した。
「ギャンブル好きの人間にとっては、浮き沈みが茶飯事のカジノは、人生航路の勝ち組・負け組に分かれるスリルと醍醐味を短時間に凝縮して何度でも味わえる素晴らしい別人生体験の場所です。カジノが数百年間にわたり欧州諸国で連綿として長く続き、多数のファンに愛好されているのはなぜでしょうか?それは、それぞれの賭け事に金銭を賭ける人々の多くが、各勝負事を切った張ったのギラついたギャンブルというよりは、レジャーとか息抜き、暇つぶし、運試し、ダメモトの小遣い稼ぎなどと軽く考え、感じているからにほかならないからでしょうか。ですから、カジノをギャンブルというギラギラした言葉で表現せずに、今日ではゲ-ミングと優しい感じで呼称するのが世界的な傾向なのです。」

そんな世界的傾向など存在しません。「ゲ-ミング」なる語は、ギャンブル依存症という言葉が定着した社会の裏側で善人を装う博打関係者の浅知恵の戯言に過ぎません。

『ギャンブルというよりは、レジャーとか息抜き、暇つぶし、運試し、ダメモトの小遣い稼ぎなどと軽く考え、感じている』から、ギャンブル依存症がカジノの本場である米国では疾病として取り上げられ、社会問題となっている事実を室伏は全く無視している。こういった軽佻浮薄がIR法成立の片棒を担いだのです。

さらに室伏はこうも語っています。
「人類社会の大勢は、好むと好まぜるにかかわらず、レッセ・フェ-ル・レッセ・パンセ(なすに任せよ、行くに任せよ。18世紀のフランスの経済学者グルーネーの掲げた経済的自由主義の標語)の自由を優先理想とし、ギャンブル・システムを経済・財政組織の中枢に牢乎としてビルトインさせた自由主義、資本主義経済体制社会に傾倒していったわけです。」

「レッセ・フェ-ル・レッセ・パンセ」とは、国家による保護主義を排除して、自由に個人の利益を追求させ,競争させることが社会全体の利益の増進に役立つという主張であり、フェアプレイの原則に基づく自由競争こそが社会の繁栄をもたらすとした理論です。しかも独占的商業資本と王権とが結びついていた時代に生まれた思想であり、博打とは何の関係もありません。カタカナを多用するのはこの輩の癖で、自論の不安定さをかき消すために使うエセ・エリートの常套手段です。

 2:すぎやま こういち(本名:椙山 浩一)
日本作編曲家協会(JCAA)常任理事、日本音楽著作権協会(JASRAC)評議員。日本カジノ学会理事。「ドラゴンクエスト」シリーズの音楽を手がけたことでも知られる。政治評論家・屋山太郎、ジャーナリスト・櫻井よしこらと「歴史事実委員会」なる会を構成し、「南京事件」や「慰安婦問題」を巡る問題に積極的に発言しています。

※ 投稿文中の敬称は略していることもございます。


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