経済予測の八百長報告

経済予測の八百長報告

2018-10-30

経済予測の八百長報告

カジノ(IR)法

前回で大阪維新の会大阪府議会議員団の愚かさについて書きましたが、肩書で修飾された情報に弱いのはなにも地方議員だけではありません。

ネット上に公開されている『NHK政治マガジン 2018年3月19日』に、IRの整備に向けた自民党プロジェクトチーム座長を務める岩屋毅衆議院議員(自民党大分第三選挙区)の次のような談話が掲載されています。

「メリットとして挙げられるのは、主に経済波及効果と地方の振興です。大和総研は、北海道、横浜、大阪の3か所にIRが整備された場合、その経済波及効果は施設建設でおよそ5.1兆円、運営で年間およそ2兆円に上ると試算しています」

この種の問題に言及する政治家の常ですが、(能力がないというのも事実でしょうが)彼らは自分で検証試算した資料を使うことはまずありません。自身が追求された時のための回避策なのでしょうか、大抵の場合は大手の経済研究所のものを流用します。岩屋毅議員も同じで、経済波及効果というIR施設の極めて重要な論点に、大和総研の資料を無条件で用いています。

岩屋毅議員が引用したのは大和総研による『統合型リゾート(IR)開設の経済波及効果』と題したレポートで、2014年と2017年の二回にわたって公開されています。両レポートの数値にそれほどの違いはなくそこに示されている年間の経済波及効果「2兆円」という数字は、2017年7月31日付の産経新聞などでも「カジノ法案、経済効果年2兆円の試算も」と引用されて、多くのメディアで使われている数値です。が、このレポートにはたくさんの疑問点があります。

IRの運営による経済波及効果(大和総研)
2014年版 2017年版
総合効果(年間) 生産誘発額 2兆900億 1兆9800億
娯楽・宿泊 9700億 8400億
商業 1600億 1700億

1. このレポートは「ゼロサムゲーム」です
同レポートの冒頭には、『IRを横浜、大阪、北海道の3箇所に開設し、それぞれシンガポールと同規模のものを建設し、同程度の収益を上げると仮定した場合の経済効果を試算した』と書かれ、IR1カ所あたりおおむね7000億円の経済効果があるとしています。

レポートの初めから大きな疑問符を付けなくてはなりません。

大和総研が算定した経済波及効果「2兆円」という数字は、『シンガポールと同規模のものを建設し、同程度の収益を上げると仮定』したものを前提にしています。

彼らのレポートは、日本で展開されるIR施設の経済規模を、その大前提となる日本の実情や経済環境などの諸条件を丁寧に積み上げて算出したものではなく、海外の既存施設の数値をそのまま流用したものに過ぎません。しかも、どのような根拠と論理的妥当性をもって「シンガポールと同程度の収益」が日本でも得られるとしたのかの説明は、同レポートには一切書かれていません。

法規制や国民性などのあらゆる要因がシンガポールとは異なるのに、何の説明もなく「同程度の収益」を前提にした「2兆円」にいかほどの信憑性があるというのでしょう。また、それを水戸黄門の印籠のように振りかざして自論の根拠にする岩屋毅議員の、国民に対する真摯な姿勢はどこに見られるのでしょうか。

大和総研がこのレポートで例として挙げているシンガポールのIRで最も有名なのは「マリーナベイ・サンズ」。グループの会長であるシェルドン・アデルソンによれば、マリーナベイ・サンズの来場者数は25,000人/一日であると言っています。また、シティグループが2013年8月に発表したレポートでは、IR来訪者の8割は日本人だろうと予想しています。これらの数字で大和総研が算定したレポートを検証してみます。

7000億円 ÷ 365日 = 19.2億/日 (1施設一日あたりの経済波及効果)
19.2億 ÷ (25,000 x 0.8= 20,000人)= \96,000/日・人

1カ所あたり7000億円の経済波及効果を生むためには、子供からお年寄りまで一日あたり\96,000消費する人に毎日少なくとも20,000人来てもらわなくてはなりません。しかも、この\96,000は来場者が全額消費する金額でカジノ客が博打で得る儲けは計上されていません。世界中が知っていて文字通り家族みんなで楽しめるあの東京ディズニーランドの経済波及効果は、来場者一人あたり\150,000と言われていますから(株式会社オリエンタルランドの公開資料)、IR経営者側が支払うカジノの負け分を考えると大和総研の\96,000には現実味を感じません。

そもそも『シンガポールと同規模のものを建設し、同程度の収益を上げると仮定』した発想そのものが、おかしいのです。

このレポートを読むと、「2兆円」が自然発生したような設定になっていますが、IRができたらたちまちに日本人の財布が膨れるわけではありません。財布の中身は変わらないのですから、使える金額をこれまで通りの外食や子供の教育、あるいは東京ディズニーランドなどのレジャー等々に使うのかIRに回すのか、消費者は当然の選択をします。これを選択される側から見れば、限られた市場のパイの食い合いが始まるわけです。IR関連施設が売り上げて豊かになった分は新たに生じた消費などではなく、同じ額の消費が別の産業から奪われてきたことを意味します。「2兆円」の経済波及効果はIR側に都合の良いデータにすぎず、IR側に売上を奪取される別業者にとっては「マイナス2兆円」の逆効果になってしまいます。

岩屋毅議員はNHKとのこの談話の中で、「IRを都市部だけではなく地方都市にも整備し、地域の特性を生かした施設を作ることで地方創生につながる」とも述べています。建設や新規事業への雇用創出を言いたいのでしょうが、これも前述と同じことです。

IR施設が雇い入れなければならない職種は、ことごとく今の日本では求人難に直面しているものです。大阪府を例(2018年2月分)にとれば、「建築・土木」の求人倍率は6.2倍、「接客・給仕」は3.9倍、「サービス業」にいたっては4.8倍にもなっています。現在の求人難はIR施設ができることで更に深刻になり、地方創生どころか人材の奪い合いによって地域のエネルギーは奪われ、その結果として地方喪失という事態を引き起こすことになりかねません。

ギャンブルは一方の利益が他方の損失になる「ゼロサムゲーム」(合計すればゼロ、ということ)です。IRの経済予測をした大和総研のレポートも、結局は「ゼロサムゲーム」理論の焼き直しでしかないのです。

2. 「産業連関分析」という手法の限界
大和総研や経団連が作成したIR事業予測レポートには「産業連関分析」という手法が使われています。

これは、基本的な仮定に基づいて経済生産の活動側面を分析するもので、産業間での量的相互依存関係、価格の波及過程の分析などにとくに有効とされ、公共事業などの効果を予測する手法として、自治体や国交省などが公表する報告書ではよく使われるものです。

「産業連関分析」は産業連関表を使って行います。産業連関表は、産業ごとの生産構造(原料等の入手から加工)や販売構造をつぶさに見ることができ、経済構造が視覚的に把握できるものです。

一例として、自動車産業を考えてみます。
トヨタ自動車のHPによれば、1台のクルマは小さなネジまで数えると約3万個の部品からできているそうで、自動車という商品を完成させるには、車体、エンジン、タイヤ、自動車ガラス、座席シート、電子機器などの数多くの製品(原材料)が必要になります。車体一つを作るにも鋼板が必要となり、鋼板を作るためには鉄鉱石を輸入し、コークスを投入して精錬しなければなりません。生産活動が盛んになれば、そこで働く労働者の所得も増加し、それは新しい消費を生むことになり需要の増加につながっていきます。このように、いずれの経済活動についても、産業どうしが関係をむすび、あるいは産業と一般家計なども結びついて、互いに影響を及ぼしながら営まれています。このような経済活動の状況を、さまざまな統計データを使って一覧表にしたものが「産業連関表」です。

産業連関表を用いた分析は、経済分析として非常に優れていて多方面で活用されています。しかし、次のようにいくつかの仮定を前提としていることに留意しないと、その分析結果に説得力はありません。

① 全ての生産は、最終需要を満たすために行われ、生産を行う上での制約条件は一切ないものと仮定します。
② 「生産が2倍になれば原材料等の投入量も2倍になる」という線形的な比例関係を仮定しています。
③ 生産波及は、在庫の取り崩し等によって途中で中断することなく、最後まで波及するものと仮定します。
④ 各部門が個別に行う生産活動の効果の和は、それら部門が同時に行ったときの総効果に等しいものと仮定します。
⑤ 波及効果の達成される期間は不明です。

つまり、経済波及効果を分析するための前提条件や仮定の置き方はさまざまであり、それによって分析結果には大きな開きが生ずるということです。

「産業連関分析」という手法について、立教大学名誉教授の岩崎俊夫さんは、『産業連関分析の有効性に関する一考察 その具体的適用における問題点 「地域産業連関分析の観光産業への応用」(産業連関分析と観光産業)』と題した論文の中で次のように警告しています。

『ここでは,産業連関分析の応用例として、観光産業が地域経済に与える影響について考えることにします。観光産業の経済効果を産業連関分析を用いて調べるときには、産業連関表に「観光業」という欄が存在しないことをまず注意する必要があります。実際の観光行動を考えて見ると、観光には、まず目的地への往復の交通費、到着してからの飲食店での食費、旅館に泊まる宿泊費、家族や友人にお土産を買うお土産代などが発生することが分かります。つまり、単に観光産業といっても旅館や飲食店、娯楽サービスや土産物としての食料品など、観光にかかわる産業は多岐にわたっており、観光入込客数に一人当たりの観光消費額を乗じて、その地域における観光消費額を求めたとしても、産業連関分析するにはそれを最終需要として産業連関表のどこに割り振るかを考えなくてはなりません。それを解決するために、観光客に対し旅行消費に関するアンケートをとり、その消費費目を産業連関表の各部門に対応させることで最終需要を導出する必要があります。(中略)
以上の準備から、観光消費の産業連関分析を行なうことができます。前述の手法により求めた交通費、宿泊費、外食費、買い物・お土産代などの観光客の費目別消費額を、それぞれ該当する運輸や旅館・その他宿泊施設、飲食店などの産業への最終需要の増加として、前回までに説明したモデル式に代入すれば、観光消費の経済波及効果が計算できます。』

岩崎俊夫名誉教授のこの注意によれば、観光客に対して細かな旅行消費のアンケート調査を行わなければ、観光産業が地域経済に与える影響に資する分析はできないのです。大和総研や経団連が出してきた経済波及効果の数値は、報告者の最も恥ずべきコピペによって出来上がったものでしかありません。これほどに節操のない数値が、政治家たちの論拠として利用されているのです。

利用すべきでない前提によって導かれた大和総研の分析には正当性が乏しく、その結果を鵜呑みにした岩屋毅議員の発言は大阪維新の会大阪府議会議員団の報告書と同じく、郢書燕説でしかないのです。