タマちゃんの夕暮れ

タマちゃんの夕暮れ

2018-11-10

タマちゃんの夕暮れ

ピエロのつれづれ

漱石先生に居候をゆるされた猫は黒ずんだ中に虎斑があったそうですが、私はご覧のとおり白地に大きめの黒斑があります。

この家の庭先に子供たちと散歩に来ているうちに、お館さまのトラップにかかり、不妊治療までされてしまいました。ですから私はもう、女としては生きて行けません。本人に断りもなく人生を変えられた憤りをお館さまはどのように思っているのでしょうか。

でも、そんな私の悲哀をお感じになられたのか、お館さまと奥方は、邸内玄関にゲージをお作りになり、私と娘をお囲いになりました。そして手懐けようとなされましたが、私達はそれほど堕落した猫ではありませんから、食事のときだけの猫なで声で最小限の愛想をみせるだけでした。
そうそう、お宅にはすでに人間の手によって慣らされたアメショーまがいの先住ネコがおりましたが、互いに微妙な距離感を維持して必要以上の干渉は避けておりました。

漱石先生の猫はついに名前をもらえずにただ「ネコ」と呼ばれていたそうですが、お館さまは私には「タマ」、娘には「ココ」という名を与えてくれました。といっても、そのような名前が理解できるのは食事時だけで、平常時は「タマ」が「トラ」になっても「ココ」が「シャネル」になっても一向に聞き分けはできないのが実情です。

玄関先のゲージは一ヶ月程たつとカギが開けられて、自由に出入りできるようになりました。自由といっても、人間が管理する限定された空間内での自由ですから、たかが知れています。
時にはツメが痒くてお館の柱や壁でお手入れしたり、奥様のフトンにもぐってありったけの毛をなすりつけたり、洗濯機の横のL字になった壁の裾でオシッコをしたりと、私達親子はネコとしての本分のままに生活をしていたのですが、所詮は人間とネコの人生観の相違からか、お館さまとの間には知らず知らずに消し難い溝ができてしまいました。

お館での生活が三ヶ月ほどすると、勝手口のガラス戸から見える外はのどかで穏やかな春風が通っていて、私には求めて止まない自然への想いが日々つのってゆきました。

外を見つめる私達親子の目に飼われることの悲哀を感じ取ったのか、ついにお館さまは私達を野に返してくれました。

このあたりは静かで車の往来も少なく、庭のある戸建てが多くて近くには公園もありますので、私達の生活環境は良いほうなのですが、食事に関しては都市ほどのチャンスに恵まれずに大変に苦労します。たまに鈍感な小鳥を捕食しますが、のろまな鳥はたくさんはいませんから、私達の空腹状態が根本的に解消されることはありません。

人間と同じようにネコにもいくつかの欲望がありますが、中でも食欲は抑えがたい本能となって表にでてきます。人間との生活に見切りをつけたので、しっかり前を向いて生きようと思うのでうが、お館さまが庭先に出してくれるご飯には無条件に反応してしまいます。

この家の南側の庭には私にはちょうどよいサイズの沓脱石があり、ここが食卓兼ソファーとなります。

このスナップは夕食をすませた夏の夕刻、窓越しにお館さまが撮られたスナップです。

食事のお礼にと少し品を作ってあげました。もう女ではありませんから色気は薄くなったと思っていましたが、薄くなったのはお館さまのオツムだけでした。
少し見えにくいのですが、私の後ろにいるのが娘の「ココ」です。