ピエロのつれづれ

核共有は、いま議論すべきでしょうか (7)

ロシアのウクライナ侵攻を機に、安倍晋三や橋下徹などによって人口に膾炙するようになった「核共有」は、NATOのそれを参照にして語られています。
しかし、彼らのこの主張がいかに短絡的であるか、いくつかの側面から検証してみたいと思います。

1. ウクライナはどのように核の放棄に至ったのか
1990年代、ウクライナをはじめ旧ソ連の影響下にあった東欧諸国では自立独立の気運が高まっていました。そのなかでウクライナ議会は1990年7月16日、「受け入れない、作らない、手に入れない」という非核三原則を採択し、ウクライナ領内に置かれたソ連の核兵器を将来において廃絶すると宣言しました。
1991年、ソ連邦が崩壊するとベラルーシ、ウクライナ、カザフスタンに残されたソ連の核兵器の扱いについて各国間で「リスボン議定書」(脚注 1 )が交わされ、ロシアを除く3カ国は可能な限り早く非核国としてNPT(核兵器不拡散条約:Treaty on the Nonproliferation of Nuclear Weapons)に加入することが約束されました。

ウクライナからロシアへの核兵器移送は1996年6月に完了しますが、核兵器の放棄についてウクライナは「チェルノブイリ原発事故の惨禍を経験したことによる核アレルギー」からだと強調しましたが、ウクライナは主権宣言から核放棄までには6年の歳月が必要でした。その間、核保有を主張する意見も少なからずありましたが、核兵器維持のための経済的余裕はなく、西側諸国からも核保有論への批判もあって非核化に追い込まれたのが実状であったようです。

ウクライナは独立宣言直後から、クリミアやセヴァストポリの領有権、黒海艦隊、旧ソ連の対外資産の分割、エネルギー価格などをめぐってロシアとの摩擦がありました。核兵器についても、ロシアはCIS(脚注 2 )統合戦略軍の創設によって戦略兵器の管理権を手元に置いて西側に対する軍事的プレゼンスの維持を保ちたがったのに対し、ウクライナは独自軍を創設して戦略兵器の一部を自国に残そうとしました。このように、ソ連崩壊時には単に軍事的・技術的なものと考えられていた核兵器の扱いをめぐる問題は、その後には政治的な問題となり、ウクライナは国内では核政策の見直しが議論されるようになります。1992年当時大統領だったクラフチュクは、ロシアへ移送される核兵器が当初の予定通りに解体されることへの疑念を理由に戦術核兵器の移送を一時停止します。さらに議会内においても、ロシアへの核集中に反対し、長期目標としての非核化には賛意を示しながらも、NATOとの関係強化と核保有は当分の間はやむを得ないという意見も出てきていました。

ウクライナ核軍縮委員会議長(当時)のY.コステンコは、「ウクライナはロシアから自衛するための経済力も軍事力ももたないので、核兵器を当面は保持すべきである」との意見を表明し、リスボン議定書による国内の核をロシアに移送することは「ロシアがウクライナはの核を手にすることだ」といった見解まで政府内でささやかれるようなります。また、『大国政治の悲劇』の著者として知られるシカゴ大学のJ.F.ミアシャイマー教授に至っては1993年のForeign Affairs誌に「ウクライナの核抑止を考える(The Case for a Ukrainian Nuclear Deterrent)」という論文の中で、「ウクライナは核保有国になるべきだ。核保有がスムーズに達成できるよう手助けするのが米国の利益にかなっている」と主張し、NATOに加盟せずに核を持った強いウクライナがロシアと欧州の緩衝地帯となってくれるであろうという、米国視点だけからの身勝手な論理を展開しました。
ウクライナ最高議会のO.モロズ議長(当時)も、「国際社会からの要求もあってウクライナはNPTに加入はしたが、核兵器国は実験を続けており、非核国となったウクライナの安保は本当に保証されるのか疑問である」と西側への懐疑心を露にしました。

一方、非核化を擁護する立場の人たちからも様々な意見が表明されます。
ハーバード大学のS.ミラー教授は、Foreign Affairs誌に「ウクライナの核抑止について(The Case Against a Ukrainian Nuclear Deterrent)」と題した記事で、「ウクライナ=ロシア間の問題は主に国境線や特定の地域をめぐる問題であり、核抑止は有効ではない」と書きました。彼はさらに、核戦力はロシアのほうが圧倒的に勝るので、ウクライナの核は自国の安全を保障できないだろう、とも述べました。
軍部の中には、厳しい経済危機の下、核兵器の維持にかかる膨大な費用を、通常兵器や軍人の賃上げなどの社会保障にまわすべきだとの意見もありました。

また、A.ズレンコ元外相も、核兵器を解体すること自体に多額の資金が必要であり、しかも解体作業が可能な弾頭の製造会社はすべてロシアにあり、旧ソ連の核兵器運用システムや維持に必要な技術もモスクワにあるので、保有するにも使用するにもロシアの力は不可欠だとして、核保有に否定的な意見を述べました。タラシュク外務次官(当時)も、ほとんどの核弾頭の安全装置は期限切れであり、解体しようにも手が付けられないので、ロシアへの移送しか方法はない、と語りました。

このような状況を打開したのは、1994年1月14日のクリントン、エリツィン、クラフチュク大統領の間で合意された「三か国声明」でした。この声明で互いに約束されたことは、
・アメリカとロシアは、ウクライナのNPTとSTART1(核弾頭数の削減協定)への加入と同時に同国の安全を保証する
・アメリカはウクライナへ3億5000万ドルの支援を行う
・アメリカはロシアに戦略核の輸送、解体及び核燃料製造の資金として6000万ドルを提供
・ウクライナが核兵器を伴う侵略または侵略の脅威を受けた場合には、アメリカとロシアは国連安保理に緊急行動を行う
・ロシアはウクライナに100トンの原発燃料用低濃縮ウランを提供する

ロシアは当初、ウクライナとの問題にアメリカが介入するのを避けようとしましたが、ウクライナとの関係改善に山積する問題の中での核については第三国の介入もやむなしと判断しました。ウクライナも、対ロシア債務は増大する一方であり単独でロシアの圧力に対抗するには限界があることは分かっていました。アメリカにとっても、ウクライナの地政学的位置の重要性を考慮し、同国が核を持ったまま混乱に陥ることの危険性ははかり知れず、ウクライナの政治的・経済的安定がアメリカにとっては望ましいと判断しました。三者三様の思惑ではありましたが、ウクライナに限って言えば、この声明によって経済改革への支援を受けられ、西側諸国との関係改善にもつながりました。高邁な「非核三原則」を宣言しても、ウクライナにとっての核兵器は軍事力である前に財産として捉えられ、しかも核兵器の製造、実験、運用などについてはいずれについての技術も経済力もなかったのですから、核を保有したとしても文字通り「宝の持ち腐れ」状態であったのです。

『冷戦終結後、ウクライナが保有していた核兵器を手放していなければ、今回のロシアの軍事侵攻を防げた』と安倍晋三、橋下徹は宣います。ウクライナはソ連から独立した当時、世界第3位の核保有国だったと報じられましたが、ソ連が保有する核兵器がたまたまウクライナ領土内に配備されていただけで、実際にウクライナに所有権があったわけではありません。さらに、ウクライナに核を持つだけの経済的余裕も技術もなかったのですから「持てなかった」のが現実であり、安倍らの主張はその前提からして成り立ちません。

2. NATOの核共有協定
NATOが発行している「ニュークリアシェアリング協定」冊子には、以下のような概要が書かれています。

「NATOの核共有協定は、核抑止の利益、責任、リスクが同盟全体で共有されることを保証するもです。この取り決めは、集団的防衛のためにNATO諸国によって提供された核能力、航空機およびインフラストラクチャーで構成されています。同盟国の安全を保証するために、米国は限定された数のB61核爆弾(脚注 3 )をヨーロッパの特定の場所に配備しています。これらの場所は、核兵器不拡散条約(核兵器不拡散条約 NPT)に完全に準拠するものであり米国の管理下にあります。米国は、ヨーロッパに配備された兵器の安全(safety)とセキュリティ(security: 攻撃からの安全を確保すること)を常に保証するために厳格な手順に従っています。

もしNATOが、ある紛争において核による作戦を遂行する場合、B61核爆弾は、核・非核両用戦術航空機(DCA:dual-capable aircraft)である連合国の航空機によって運ばれ、同盟全体の軍隊によって支援されます。ただし、核作戦は、NATO核計画グループ(NPG)によって明示的な政治的承認が与えられ、さらに米国大統領と英国首相による承認が得られた場合にのみ実施できるものです。NATO内におけるNPGは、核共有を含むNATOの核作戦すべての面について、協議、集団的意思決定、および政治的統制のためのフォーラムを提供するものです。したがって、NATOによる核共有は、同盟国の核抑止につながる政治的責任および意思決定の共有であります。それは、核兵器の共有というものではありません。

NATOの核共有協定は、ソ連による欧州への侵攻を懸念して、米国が提供する『核の傘』への信頼を、NATO同盟国に高めてもらうことが核共有の目的だったと言われます。現在ではドイツ、オランダ、ベルギー、イタリア、トルコの5カ国が対象となっていて、前述のように自国の基地内に米軍の核弾頭を配備し、平時には米軍が管理、有事には参加国が爆撃機などに搭載して使用することになっています。

配備されているB61は戦術型核兵器で、距離が遠く防備も厚い敵国の首都をいきなり直撃できるようなものではありません。射程が短くて目前に迫った侵攻部隊に対して使用されるものです。ですからこれは、核抑止力というよりも、全面核戦争となった場合に双方が戦略核兵器をお互いの都市と基地に撃ち込んだ後で、通常兵器の延長戦上の兵器として地上侵攻する状況で戦場ごとの使用が想定されたものです。

具体的なケースを想定してみましょう。
核攻撃を仕掛けてきた敵国に反撃するだけなら、同盟国の盟主としてアメリカだけで反応できますし、同盟国への問題は生じません。しかし敵の侵攻部隊がNATO同盟国の国土に深く進撃し、この侵攻部隊を核爆弾で排除するとなると大きな問題が生じます。

アメリカが核兵器を使って同盟国に侵攻した敵を攻撃することは、同盟国の国土を焦土化することです。同盟国の国民からの反感を考慮すればこの方法はアメリカにとっては決して好ましものではありません。核兵器を自国のエリアで使用した行為をアメリカにだけ負わせずにNATO加盟国全体で共有するために、同盟国が自分の手で自国の国土で核兵器を使用する仕組みが、このNATO核共有協定です。つまり、NATO方式の核兵器シェアリングとは抑止力ではなく実用兵器としての戦術核であり、敵国領土ではなく自国の国土で使用する覚悟が求められる悲壮な協定であると考えたほうがよいでしょう。

このようにNATO型「核共有」では、自国に配備された核兵器は自由に使用することはできず、核抑止力としては機能することも難しく、核報復用として使うことも認められていません。しかも、この核は侵攻してきた敵を対象として自国の領土で起爆することが大前提です。このような核が、ロケット・ボーイが掌握する北朝鮮や、独善と正義が同義語の中国への核兵器対抗策として適当でしょうか。北朝鮮、中国の核への脅威とは核弾頭を搭載した弾道ミサイルを指していますし、日本海を渡って彼らの陸上部隊が上陸してくることではありません。弾道ミサイルの迎撃手段がABM(核弾頭型迎撃ミサイル)(脚注 4 )しか無かった70年代初頭ならばB61が迎撃用として使われる可能性はありましたが、今の時代には通常弾頭で弾道ミサイルを迎撃できるMD(ミサイル防衛)システムがあります。

安倍晋三、は2022年3月3日の安倍派会合で「NATOは核シェアリングという手法で核の脅威に対して抑止力を持っている。もしウクライナが(NATO)に入ることができていれば、このような形にはなっていなかっただろう」と発言しましたし、高市早苗が「有事の時に『持ち込ませず』というところを党内で議論したい」と言ったり、茂木敏充が「核兵器そのものを物理的に共有する概念ではなく、核抑止力や意思決定、政治的責任を共有する仕組みだ」と発言したりしています。どうやら、NATO型とは違う「核共有」の在り方を模索しているようにも窺えますが、すべての領土が海で囲まれている日本に相応しい「核共有」などあるのでしょうか。

「核共有」を言い出した安倍らの深層にはきっと「米国が危険を冒して日本のために反撃してくれる可能性は100%ではないと」いう疑念があるからでしょう。また、異常な性格のリーダーによって率いられている相手国が「米国は日本のためには反撃してこない」ということに賭けて第1撃を撃ってくる可能性があるという恐怖があるからでしょう。それはピエロも想定できます。しかし、そのような相手国からすれば、日本が核攻撃能力を得たことは「日本側からの先制核攻撃がある」という可能性があることになります。こうなると、猜疑心のせめぎ合いによる核の軍拡競争がはじまり、核兵器配備と維持のコストは増大し続ける反面、いつまでもたっても安全は保障されない状態が延々と続きます。

さらに、この世界にはNPTがあります。現在条約に参加している国は191カ国(2022年現在)で、これは現在の国連加盟国数の193カ国に比べればわかるように、世界で最も多くの国が参加している条約の一つです。NPTは、正式名称を「核兵器の不拡散に関する条約」(Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons)といい、核兵器の不拡散、核軍縮の促進および原子力の平和利用の推進が三本柱です。しかし、不拡散が条約上の義務とされているのに対し、核軍縮と原子力の平和利用の促進は、事実上努力目標となっていますから、現実には条約の名前通り、核兵器の不拡散を目的とする条約としての役割を主に果たしています。
日本に核兵器を配備することはこのNPTに正面から対抗することで、機能不全の国連常任理事国を除くほとんどすべての国に対して日本が「核拡散の主役になる」ことを宣言するようなものです。唯一の被爆国としての宿命的使命を背負う国民の一人として、安倍晋三や高市早苗たち核推進派はこのことをどのように説明するのでしょうか。


 1:リスボン議定書
ベラルーシ、ウクライナ、カザフスタン地域の旧ソビエト連邦の核兵器全てが破壊されるかロシアの管理に移行することが、この3か国とロシア、アメリカ合衆国が合意したもの。当初はベラルーシとウクライナに、核兵器を放棄することへの抵抗があったが、1994年12月5日にリスボン議定書への調印国全てが批准書を交換し、合意は執行された。カザフスタンは1995年5月までに核兵器を全てロシアに譲り渡した。ベラルーシは核抑止力や外交上の切り札に核を利用することを望んだが、ロシアへの依存度は高く、結局核兵器を全てロシアに移管することに合意。ウクライナもベラルーシと同様の姿勢であったが、アメリカ合衆国やロシアからの安全保障や軍事援助、金融支援と金融補償と引き換えに核兵器を引き渡すことに合意。1996年末までに3カ国全てがロシアに核兵器を引き渡すと、リスボン議定書の執行は完全なものになった。

 2:CIS 独立国家共同体
Commonwealth of Independent States:ソビエト社会主義共和国連邦を構成していた以下の11共和国からなる主権国家の自由連合体で1991年設立。ウクライナ、ベラルーシ、カザフスタン、キルギスタン、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタン、アルメニア、アゼルバイジャン、モルドバ、ジョージア。ベラルーシのミンスクに本部を置き、経済、外交、防衛、移住、環境保護、法執行に関する政策を加盟国間で調整する機能をもつ。ロシアとジョージアの間で交戦状態が激化したのをうけ、ジョージアは2009年8月に脱退した。

 3:B61核爆弾
航空機に搭載可能な比較的軽量の核爆弾として1960年から開発が行われ、1966年から配備が開始された。先端部と尾部を状況に応じて交換し、高空投下やレイダウン投下(低空で核爆弾をゆっくりと投下させる方法)などに対応するようになっている。

 4:ABM
弾道弾迎撃ミサイルのことで、Anti-Ballistic Missileの略。地上に設置したレーダーと、核弾頭付きの迎撃ミサイルを組み合わせて、飛んでくる敵の弾道ミサイルを破壊するシステム。しかしミサイルの弾頭のMIRV(マーブ)(個別誘導複数目標弾)化技術の発達によって、ABMは事実上有効性が小さくなり、アメリカでは1975年10月の議会決定でその運用が停止された。

※ 投稿文中の敬称は略していることもございます。


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