カジノ(IR)法

井の中の蛙

前章では、政府やIR推進派議員たちが経済効果を訴えるときに好んで引用する大和総研による経済予測のデタラメさを書きましたが、この章は「カジノ」の本題から少し離れて、大和総研などの民間調査会社の信用度についてみてみます。

安倍首相は、現行8%の消費税率を平成31年(2019)10月1日から10%に上げると断言していますが、前回の消費税アップが行われたのは、平成26年(2014)4月でした。このとき、政府は実施に先立っての対応判断材料(という名の“言い訳”)のひとつとするため、各界各層の有識者や専門家ら60人から意見を聞く「集中点検会合」を2013年8月26~31日に開催しました。

出席した60人のうち、約7割の44人が、2014年4月に予定通り3%引き上げるべきだと主張。経済は着実に回復していて、先送りした場合には国際的信認が失われ、企業活動・金融システム・財政に与える打撃が大きいと、異口同音に増税への賛意を述べました。

参加者たちの当時の所属・役職と賛否を以下にまとめます。

賛成44名
加藤 淳子: 東京大学大学院法学政治学研究科教授
増田 寛也: 東京大学公共政策大学院客員教授、前岩手県知事
米倉 弘昌: 日本経済団体連合会会長、住友化学株式会社代表取締役会長
伊藤 隆敏: 東京大学大学院経済学研究科教授
稲野 和利: 日本証券業協会会長
武田 洋子: 三菱総合研究所チーフエコノミスト
中空 麻奈: BNPパリバ証券投資調査本部長
井伊 雅子: 一橋大学国際・公共政策大学院教授
石黒 生子: UAゼンセン副書記長
小室 淑恵: 株式会社ワーク・ライフバランス代表取締役社長
永井 良三: 自治医科大学学長
宮本 太郎: 中央大学法学部教授
横倉 義武: 日本医師会会長
吉川萬里子: 全国消費生活相談員協会理事長
岩沙 弘道: 不動産協会会長、三井不動産株式会社代表取締役会長
岡村  正: 日本商工会議所会頭、株式会社東芝相談役
岡本 圀衞: 経済同友会副代表幹事、日本生命保険相互会社代表取締役会長
小松万希子: 小松ばね工業株式会社取締役社長
鶴田 欣也: 全国中小企業団体中央会会長
豊田 章男: 日本自動車工業会会長、トヨタ自動車株式会社取締役社長
樋口 武男: 住宅生産団体連合会会長、大和ハウス工業株式会社代表取締役会長兼CEO
青柳  剛: 群馬県建設業協会会長、沼田土建株式会社取締役社長
岸   宏: 全国漁業協同組合連合会代表理事会長
坂井 信也: 日本民営鉄道協会会長 阪神電気鉄道株式会社代表取締役会長
立谷 秀清: 福島県相馬市長
谷  正明: 全国地方銀行協会会長、福岡銀行頭取
西田 陽一: おんせん県観光誘致協議会会長
萬歳  章: 全国農業協同組合中央会会長
古川  康: 佐賀県知事
青山理恵子: 日本消費生活アドバイザー・コンサルタント協会副会長
岡﨑 誠也: 国民健康保険中央会会長、高知市長
奥山 千鶴: 特定非営利活動法人子育てひろば全国連絡協議会理事長、
特定非営利活動法人びーのびーの理事長
清家  篤: 慶應義塾長、社会保障制度改革国民会議会長
馬袋 秀男: 「民間事業者の質を高める」全国介護事業者協議会理事長
林  文子: 横浜市長
菅野 雅明: JPモルガン証券チーフエコノミスト
國部  毅: 全国銀行協会会長、三井住友銀行頭取
高田  創: みずほ総合研究所常務執行役員チーフエコノミスト
土居 丈朗: 慶應義塾大学経済学部教授
西岡 純子: アール・ビー・エス証券会社東京支店チーフエコノミスト
吉川  洋: 東京大学大学院経済学研究科教授
熊谷 亮丸: 大和総研チーフエコノミスト
古賀 伸明: 日本労働組合総連合会会長
古市 憲寿: 東京大学大学院博士課程
条件付賛成 8名(13%)
岩田 一政: 日本経済研究センター理事長
白石興二郎: 日本新聞協会会長、読売新聞グループ本社代表取締役社長
浜田 宏一: 内閣官房参与、イェール大学名誉教授
阿部 眞一: 岩村田本町商店街振興組合理事長
本田 悦朗: 内閣官房参与、静岡県立大学国際関係学部教授
永濱 利廣: 第一生命経済研究所主席エコノミスト
白川 浩道: クレディ・スイス証券チーフエコノミス
石澤 義文: 全国商工会連合会会長、富山県商工会連合会会長
反対 6名(10%)
大久保朝江: 特定非営利活動法人杜の伝言板ゆるる代表理事
片岡 剛士: 三菱UFJリサーチ&コンサルティング主任研究員
宍戸駿太郎: 国際大学・筑波大学名誉教授、日米・世界モデル研究所代表
工藤  啓: 特定非営利活動法人「育て上げ」ネット理事長
広田 和子: 精神医療サバイバー
山根 香織: 主婦連合会会長
賛否表明なし 2名(3.3%)
清水 信次: 日本チェーンストア協会会長、株式会社ライフCORP代表取締役会長兼CEO
植田 和男: 東京大学大学院経済学研究科教授

「集中点検会合」という名称に恥じない面々で、日本の経済学や経済界をリードする著名な学者やエコノミストたちが揃っています(中には?もいるのも事実です)が、大半が雪崩を打つように消費増税に賛成しました。賛成派の代表的意見を抜書きしてみますと、

伊藤 隆敏(東京大学大学院経済学研究科教授)「引き上げても景気の腰折れやデフレ脱却の失敗につながることはない」

土居 丈朗(慶應義塾大学経済学部教授)「消費税率を上げても大きく景気が悪くなるということはない」

西岡 純子(アール・ビー・エス証券会社東京支店チーフエコノミスト)「経済環境、物価環境の両面から、実施するに十分な状況にある」

そして、大和総研チーフエコノミストであった熊谷亮丸は、「景気の腰折れを懸念する人もいるが、私自身は今の経済状況はアベノミクスによって着実に改善していると判断。経済状況は1997年と違い、増税は可能である」と言い切っていました。

ところが、現実は彼らの予想とは真逆の方向に向かいました。2011年の東日本大震災で日本のGDPは横ばいもしくはマイナスに落ち、その後少しは回復しましたが、民主党政権下の2012年には1%以下の低成長に落ちこみます。安倍内閣が誕生してからは成長率は持ち直し、2014年1-3月期には4%を超える状況にまで改善されました。この景気の好転に気を良くした民間調査各会社は、7-9月期GDPを以下のように予想(前年比年率換算)しました。

みずほ総研  執筆:高田創  +4.7%
野村証券   執筆:木下智夫 +3.6%
大和総研   執筆:熊谷亮丸 +3.1%
日本総研   執筆:高橋進  +3.4%
SMBC日興証券 執筆:牧野潤一 +2.4%

しかし、2014年4月の消費増税が施行されると、成長率はたちまち鈍くなります。

2014年7-9期: -1.6%
2014年10-12期: 2.2%
2015年1-3期: 0.6%
2015年7-9期: 0.3%
2015年10-12期: -0.3%
2016年1-3期: 0.1%

2014年7-9期の予想が全くの逆だったにも関わらず、SMBC日興証券の宮前耕也シニアエコノミストは、言うに事欠いて次のように弁明します。
「消費税増税という特殊な状況に、食料品の値上げや実質所得の伸び悩み、予想物価の上昇が重なった」

彼が掲げた諸点を念頭に置いて予測するのがプロの仕事なのに、言い訳も素人の厚顔無恥、鉄面皮、寡廉鮮恥でした。こんな醜態が大手を振って歩いている姿は、コメディーの舞台だけにして欲しいものです。

ただし、正確な予測をたてたエコノミストもわずかながらもいました。

「集中点検会合」に出席していた片岡剛士(三菱UFJリサーチ&コンサルティング主任研究員 )は、増税はデフレからの完全脱却後で遅くないとして、「消費税を予定通り引き上げると2014年度の実質成長率が1.3%ぐらい増税によって押し下がり、0%になる。海外経済の動きによっては容易にマイナス成長になる」と述べていました。そして、2014年の実質成長率はマイナス0.44%でした。

上述5社のエコノミストの方々はテレビやマスコミでその予測数値をしたり顔で紹介し、それぞれが権威があると看做される機関に所属し、そして政治家ともつながりのある人たちです。例えば、日本総研高橋進は、小泉、鳩山内閣で重用され、第2次から第3次の安倍内閣でも内閣府経済財政諮問会議議員として内閣府地域経済に関する有識者懇談会座長を努めた御用学者です。しかし、彼は2014年に「10年後の日本を読む先見力のつけ方」という著書を徳間書店から出版しましたが、現実は10年先どころか明日の予測も出来ない始末でした。

また、大和総研の熊谷亮丸も「今だからもう一度言いたい。消費税が日本を救う」などと言い続けて、安倍政権のお先棒を担ぐ姿勢に終始しています。「世界インフレ襲来」(2011年)という本の中で彼は、「筆者も帰国する度に、大地に口づけしたい衝動に駆られるほど、祖国・日本を愛してやまない」と言っていますが、こうした情動的台詞を並べる輩ほど真意は別のところにある眉唾なのが常ですし、この本の中でインフレに弱い新興国株式より先進国株式が堅調となり、日米の金融政策により為替は円安に向かうと予測しましたが、現実は全くの逆でした。

経済予測は企業だけでなく国の経済指標ともなるものですが、シンクタンクによる経済予測はたまに的中することはあっても、外すことが多いのが実態です。しかし、どれほどあてが外れようともエコノミストやその会社の責任が問われることはありません。予測することが生業なのに、それが外れても何の責任も負いませんから、必然的に彼らの意見は糸の切れたタコとなります。

東京・駿河台大学のゼミが面白い数字をレポートしています。

タイトルは『実質GDP予測の平均平方誤差による予測制度比較』というもので、民間調査会社が行った調査の予測精度を年代ごとに数値化したものです。彼らが用いた予測精度は平均平方誤差の平方根を用いたもので、誤差の二乗和を平均し平方根をとったもの。この値が小さいほど予測精度が良く、値が大きいほど精度が悪いということを示しています。

実質GDP予測の平均平方誤差による予測制度比較
80年代(83-89) 90年代(90-99) 2000年代(00-09)
1位 国民経済研究会 1.52 日本総合研究所 1.44 三菱UFJリサーチ 2.10
2位 日本経済研究センター 1.67 みずほ総合研究所 1.64 日本経済研究センター 2.15
3位 大和総研 1.71 ニッセイ基礎研究所 1.66 政府見通し 2.15
(15位)大和総研 1.96 (9位) 大和総研 2.31

エコノミストの多くは、高邁な理念だけは高く掲げます。

大和総研の公式ウェブサイトに掲載されている同社のキャッチは、「シンクタンクとしての総合力で、お客様とともに“成長戦略”を描く」。その言葉通り、大和総研は『統合型リゾート(IR)開設の経済波及効果』というレポートで、日本の「成長戦略」という絵に描いた餅でお客様を虜にしました。

同ウェブサイトには、理事長・中曽 宏の挨拶も掲載されています。
「世界情勢が激動する今日、シンクタンクの役割はますます重要になっています。大和総研はプロフェショナル集団としてグローバルなネットワークをフルに活用し、トップクオリティを有するリサーチ、コンサルティング、システムの面から、常に時代のニーズを先取りした情報サービスとソリューションを提供してまいります。」

大和総研理事長は自社のエコノミストを「プロフェショナル集団」と持ち上げて、大和総研を「シンクタンク」と位置づけて格付けを試みていますが、そもそも日本の経済系シンクタンクの信用度は世界レベルには達していないというのが実情です。

米国・ペンシルバニア大学ローダー・インスティテュートのシンクタンクと市民団体プログラム(TTCSP: Think Tanks & Civil Societies Program)が『世界有力シンクタンク評価報告書』というものを毎年発表しています。TTCSPは、世界の政策研究機関が各国の政府や市民社会の中で果たしている役割を研究している機関で、181の国の7,500以上のシンクタンクのデータベースとネットワークをもとにして、それらのランク付けをしています。2017年度の結果は以下のようなものでした。

ランクはいくつかのカテゴリーに分けてなされていますが、International Economics(世界経済)の分野でランク入りした日本の組織は以下の2社のみです。

6位 ジェトロ・アジア経済研究所(IDEJETRO)
35位 アジア開発銀行研究所 (ADBI)

また、Domestic Economic Policy(国内経済)では、以下のたった1社のみでした。

54位 経済産業研究所 (RIETI)

日本の各メディアに登場して穿ったような話を開陳していますが、彼らエコノミストの多くは日本という狭い井戸の中で腕を組みながらケロケロと泣いているだけというのが実態なのだと思います。しかも、そのカエルたちはちっとも可愛くありません。

追記:ウェブサイト・My News Japan 23:20 03/06/2011時点での情報によれば、東証一部上場企業のうちで大和総研の時間外労働は960時間(年間)で堂々の業界一位、全体でも19位に入りました。理事長・中曽 宏が自慢する「プロフェショナル集団」のエコノミストたちの実情は、毎日平均4時間の時間外労働をこなす「残業のプロフェショナル集団」でした。

※ 投稿文中の敬称は略していることもございます。


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