シオニスム

シオニスムシオニスムとは、ユダヤ人がその故地であるシオンの丘に帰還してユダヤ人国家を再興する運動をいいます。シオンとは、かつてソロモンの神殿があった聖地エルサレムを指し、国家再建は、ディアスポラ以来のユダヤ人の夢でしたが、政治的目的をもった運動になったのは19世紀になってからでした。それは、ユダヤ人ジャーナリスト、テオドール・ヘルツルによって1897年にスイスのバーゼルで開催された第1回シオニスト会議により実質的なスタートをきりました。このときに採択されたのが「バーゼル綱領」で、その目的を「ユダヤ民族のために公法上保証された郷土をパレスチナに建設する」ことと規定しています。ヘルツルはブタペスト......

POSTED:2022/3/8
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ユダヤ教の教義

ユダヤ教の教義ユダヤ教として特筆しなくてはならいことは、この宗教が唯一の民族との同一性を保っていることでしょう。私たちは、自分の人種的要素については修正や変更を加えることはできません。しかし、自分がたもつ宗教については、これを自由に選択したり、伝統として受け継ぐべき信仰を拒否したりすることができます。しかし「ユダヤ」にとっては、ユダヤ教徒であることと、ユダヤ「民族」であることとは、その認識に厚薄はあるものの少なくとも感情的には不可分なものだと考えられています。また、ユダヤ教においては、ユダヤ人が神を選んだのではなく、神がユダヤ人を選んだのだという強烈な選民意識があり、民族についての考察と宗教に......

POSTED:2022/3/4
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エルサレム神殿の影

前章の時代を少し遡りますが、ヨセフの助けによって、飢餓から逃れるようにエジプトに入植したのは全てのヘブライ人ではありませんでした。カナンの地に残ったヘブライの民もいましたから、モーセに率いられたヘブライ人がカナンへ帰還したことは、400年以上の歳月にわたって分裂したままの部族を再統合したという意味も込められています。同系の部族であっても、歴史を経ることによって社会環境や習慣、また部族固有の性格にも変化が生じてきます。そうした同系であっても400年も隔てて複雑な背景をもつ諸部族をまとめ、一つの部族として求心性をもたせるためには、共通の過去と運命をことさら強調させる必要がありました。そして、その手......

POSTED:2019/1/5
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シナイ半島のアンチテーゼ

モーセに率いられてエジプトを無事脱出したブライ人たちは、その後40年にわたりシナイ半島をさまよいます。彷徨は逆三角形であるシナイ半島のV字に沿った海岸よりを西(エジプト側)から南東へ、そして北東(カナン)へとのぼるルートを辿りました。エジプトから北東にあるカナンへ直線コースをとれば、わずか400キロメートルの行程です。これは、東京から北へ行けば盛岡、西へ行けば神戸あたりの距離です。しかし、出エジプト記に書かれているのはシナイ半島を時計とは逆周りで一周するというもので、総行程は直線コースの3倍にあたる約1200キロメートルにもなりました。しかも、大変な数の民を引き連れてです。映画『十戒』などで描......

POSTED:2018/12/10
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預言者モーセ

ヨセフの支援によって荒野から入植してきたヘブライの民たちにとって、エジプトは大変に魅力に満ちた土地でした。豊かな大地と洗練されていた文化の中で、彼らの人口は増えエジプト社会の中で次第に力をつけてゆきますが、それは為政者たちにとっては極めて面白くない状況が生まれるということでもありました。始めは快く受け入れていたものが、エジプトの支配者がヒクソス人(脚注 1 )からエジプト人に代わると、ヘブライ人は次第に迫害されてゆきます。それでも彼らは増えつづけました。やがてセチ一世やラムセス二世の治世となると、ついに彼らから財産をとりあげて奴隷の身分に追いやってしまい、建築労働に酷使するようになります。しか......

POSTED:2018/11/9
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